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大野一雄氏によせて わたしの思いで その1



まずはこちらを
http://www.kazuoohnodancestudio.com/


わたしはこの方に出会って人生が転換しました。

朝日新聞他でも報じられたので、すでにたくさんの方が知っておられることと思います。
http://www.asahi.com/obituaries/update/0602/TKY201006010573.html

6/4に前夜式と称して稽古場にて行われた式に参列させていただきました。
牧師さんが”大野先生との思い出を語ってください。”と皆さんに話していたときに、皆さんそうと思いますが、
いろいろと思いだすことがありすぎて、話しだすことができませんでした。


  ・・・


わたしは、、、
最初に踊りをみたときに、わけもなく号泣した。
すべてが洗われた瞬間でした。

偶然に見た朝日新聞の小さな公演案内に導かれて、
知り合いもなく、ひとりぽつんとやってきたところをくらった一撃。
この体験をしばらくは人に話すことさえありませんでした。

それほどに衝撃的なできごとでした。

数年後、当時入れ込んでいた武道の記念式典に大野氏が招かれており、偶然にもふたたび踊りを見ることになりました。
頼みもしないのに、ある人から”行ってみませんか”と渡された稽古場の連絡先。
いよいよこれは避けて通れないと堪忍(笑)、通い始めることになりました。


横浜上星川の自宅わきにある稽古場はなんとも風情のある歴史を感じる空間です。

いつも大野先生がぽつりぽつりと話し始める。
その瞬間から全身で聞き耳をたてるようにその場のすべてにゆだねるように集中してゆく。
そこでわたしはやっと本当に自分の姿を見ていきました。

大野先生がなげかけることばは意味でなく、実体そのままそこに現れているということだと思っています。
ストーリーに感動するとかではなくて、心がつき動かされる。”いのち”のことそのままを表現される。

それで、じゃ~皆さんもやってみましょう。となるわけですが、
じっとしたり、ゆらゆらしたり、ごつごつしたり、
身体のなかにゆっくりと旅をしてゆく貴重なとき・・・
たいていは気がつくと涙していました。

それで救われる。

鎧のようなものがひとつ、ひとつと取れてゆく。

そんな体験の連続でした。

そんな中、1993年に、今の横浜赤レンガが本当に倉庫だったとき、
そのガランドウのような空間で行われる公演に参加しました。 


つづく
 
 

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